時間外手当の請求にあたって、労働時間をどう把握するか、出退勤の正確な時間をどう把握するかは、タイムカードが備え付けられていない場合、容易ではありません。とりわけ、中小企業の場合は、使用者の善意・悪意は別として、タイムカードが備え付けられていないことが多く、そのため労働時間の把握が難しく、未払時間外手当の請求に難渋することになります。
依頼者は、ダンプカーで砕石や砂などを、採石場からコンクリートの製造工場に運送する事業を経営する小企業に雇用されて働いていました。しかし、使用者は近代的な労使関係のありかたに疎く、きわめて悪質で、みずからの親族については社会保険をかけていましたが、従業員については、雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金など一切の社会保険をかけず、かかる指摘に対しても平然としていました。結局、依頼者は、使用者の悪質な労務管理のもとで働くことに嫌気がさして、約8ヶ月で退職しました。
この企業でも、タイムカードは備え付けられていました。しかし、使用者は、従業員に対して、朝の出勤時間については打刻を求めていましたが、退社時間にについては、打刻を求めず、むしろ打刻をしないように指示していました。時間外手当の請求をさせないため悪智慧を働かせたものかもしれません。そのため、すべての従業員が、退社時間についてタイムカードを打刻することはありませんでした。依頼者も他の従業員にならい打刻をしていませんでした。
私は、依頼者から、在職していた約8ヶ月間にわたる未払時間外手当の請求訴訟の提起を依頼されたのですが、出勤時間については、タイムカードの記録があったものの、退社時間については、正確な時間を裏付ける資料がありませんでした。しかし、依頼者に尋ねたところ、自分も気がつかないまま早くから自分のスマホのタイムラインを作動させていたことが明らかになりました。
そこには、依頼者の在職期間のすべてにわたり、出勤時間、退社時間を含む正確な行動記録が残されていました。 そこで、 私たちは、グーグルマップのタイムラインの記録により依頼者の正確な出勤時間、退社時間を把握して、あらためて正確な時間外手当を算出し直し、証拠として提出することができました。
ちなみに、時間外手当をめぐる数十件に及ぶ多くの訴訟を抱えるという担当裁判官(大阪地裁民事5部)も、このようなタイムラインの記録に基づく算出事例を扱ったことはなかったそうです。
裁判官からは、在社していた時間のすべてが労働時間にあたるかについて指摘があったが、出退勤時間についての疑義はでませんでした。ちなみに、本件は執行の困難や依頼者の生活上の必要もあり、裁判上の和解によって解決することになりましたが、グーグルマップのタイムラインについての証拠方法として有用性を認識するきっかけになる事件でした。
チェーン店で店長として働くAさんは、夜の12時まで残業していましたが、残業代が全く払われていませんでした。
残業代の支払いを求めると、会社側はAさんが「管理監督者」(※)に当たるとして、残業代の支払いを拒み、裁判となりました。
裁判では、Aさんがアルバイトの採用・解雇の権限も無く、経営方針に口を出すこともできなかったこと、Aさんが会社から出勤時刻も指示され、店舗の営業中は必ずAさんが店舗に居なければならない状態にあったこと、給料も店長に昇格する前と全く変わらなかったことなどから管理監督者には当たらないと主張しました。
裁判の結果、Aさんが管理監督者ではない前提で計算した残業代をもとに和解が成立し、Aさんは無事残業代を支払ってもらえました。
※「管理監督者」とは
労働基準法労働基準法41条では、「監督もしくは管理の地位にある者(管理監督者)」(2号)には、時間外割増賃金・休日割増賃金に関する規定が適用されないと定められています。
どのような場合に管理監督者にあたるかはこちらをご覧ください。
X社で働いているAさんは、残業しても残業代が支払ってもらえないということでご相談に来られました。本人によれば、残業代は、事前に申請し、会社から許可が出た部分しか支払われず、許可が出ていない分について残業代が支払われていないとのことでした。
事情を聞くと、上司に残業申請をしてもほとんど許可してもらえない一方で、残業しないと到底さばけない量の仕事を上司から任されているとのことでした。
会社に対し、Aさんの実際に働いていた時間から計算した過去2年分の未払残業代の支払いを求めましたが、会社が支払いを拒否したため、裁判となりました。裁判では、Aさんが上記のように残業しなければならないほどの仕事を上司から押し付けられていたことなどから実質的に会社からAさんに残業の指示があったということを主張しました。
裁判の結果、会社が過去2年分の未払い残業代のほぼ満額を支払うという和解が成立し、Aさんは無事残業代を払ってもらえました。
ある飲食店で働いていた方のケースです。正式な契約書は作られておらず、ただ給与について「月○○円(残業代含む)」とだけ書かれた覚書を渡されていました。そして、残業をしても残業代は払われていませんでした。
しかし、実際の残業時間は相当長く、全労働時間で時給計算すると最低賃金を下回るほどでした。
そこで、覚書に書かれた給与額を基本給として、週40時間を超える労働時間分の残業代請求をしましたが、会社は応じませんでしたので、訴訟を起こしました。
残業代を固定額にして基本給に加えた額を給料として支払う制度はありますが、有効と言えるためには、その旨を労働者に明確に示して承諾を得る(契約書に明記する等)必要があります。また、基本給額と残業代額が区別できて、残業代額を計算できるようにしておかなければなりません。
そして、このような固定残業代の場合でも、実際の残業時間を基準にした残業代が固定残業代を超えた場合には、その差額を請求することができます。
本件では、基本給と残業代も明確になっておらず、労働者の明確な承諾もありませんでした。裁判所は残業代を払う必要があるという前提で和解を進め、残業代の大部分を支払ってもらう和解ができました。
教育機関に勤務する先生方の事件です。職場では、子どもたちの夏休みなどがあり、季節によって業務量に差があるとの理由から1年単位の変形労働時間制(注)を採用しているとの説明を受けていました。普段の職場は大変忙しくて毎日10時間以上も勤務していますが、変形労働時間制を理由に、残業手当は一切支払われていません。先生方は、学園に残業手当の請求をしましたが、学園は支払いを拒否したため裁判となりました。
この事件では、各先生方の残業時間が長く、変形労働時間制を前提に計算したとしても残業代が発生したケースです。しかし、学園の就業規則には変形労働時間制の規定はなく、また、変形労働時間制の労使協定はあり年間の行事予定表は配布されてているものの、就業日のそれぞれの労働時間が明確にはされていませんでした。このような場合、そもそも、変形労働時間制の適用は認められず、学園は1日8時間、週40時間を超えた残業時間数に応じて、残業手当を支払う必要があります。裁判の結果、先生方は過去2年分の残業代の支払いを得ることが出来ました。
(注)変形労働時間制
変形労働時間制とは、一定の単位期間(1ヶ月以内、1年以内)について、週あたりの平均労働時間が週法定労働時間の枠内に収まっていれば、1週または1日の法定労働時間の規制を解除する、つまり残業手当を支払う義務がなくなることを認める制度です。労働者の生活の不規則化、収入の減少などの影響がありますので、あらかじめ各日の労働時間(始業時間、終業行時間)を決めておく等の要件が課せられています。
Rさんの会社では、毎日のように残業をしていましたが、残業代が払われず、サービス残業が日常的になっていました。Rさんは、会社ともめるのが嫌で我慢していましたが、事情があって退職することになり、それまでの残業代を請求することにしました。
残業代は、2年で時効にかかるので、請求できるのは、直近2年分に限られます(今後、法改正される可能性はあります)。また、残業時間を立証する必要があります。Rさんの会社ではタイムカードを正しく打っていましたので、会社にタイムカードの写しを請求し、交付を受けました。なお、Rさんは会社が証拠隠しでタイムカードを出してくれなかったときに備えて、タイムカードを携帯で撮影していました。残業代の請求では、証拠を残しておくことが大切になります。
会社は何かと理由にならない言い訳を繰り返して支払おうとしなかったので、Rさんは裁判を起こすことにしました。裁判所は早い時期に会社の言い分には理由がないと判断し、会社に支払うよう強く説得してくれました。そして、会社が残業代全額を支払う内容の和解が成立しました。判決になった場合、会社へのペナルティとして、残業代金額と同額の付加金の支払を命じることがありますので、会社はそれを避けたかったのだと思われます。
なお、残業代については、会社側はよく、「残業代を払わなくてもいい制度(固定残業代、管理監督者、等)」を利用していると主張することがあります。しかし、このような制度は法的に厳しく制約されていますので、きちんと要件を満たしていないケースもよくあります。困ったときには、1度弁護士に相談されることをお勧めします。
私たちは、1968年の開設以来、労働者の皆様の権利を守るためことを活動の柱とし、多くの労働事件に取り組んできました。現在も(特に労働者側の)労働問題を専門とする弁護士が数多く在籍しており、残業代請求についても実績を重ねてきました。
一人で悩まずに、まずは弁護士にご相談ください。