渡岸寺観音堂の十一面観音像は日本で最も美しいと言われる。まだ暑さの残る秋の休日、滋賀県高月町にある湖北の寺 ・渡岸寺(向源寺)を訪れた。まず、寺の周囲を散策する。きれいな小川が流れており、川沿いに遊歩道を進むとまもなく北陸本線の高月駅が見えてくる。その 間、猫しか見かけなかった。静かな集落だ。松林に囲まれた寺に戻り、寺の横にあるお堂で拝観をする。こちらも静かで拝観は我々の外には一組だけである。地 元のボランティアの方のお話をうかがったが、日本で最も美しいと言われていますと控えめだがちょっぴり誇りをにじませて説明された。
この観音様は、織田信長の浅井攻めに際して寺が焼失したものの村人が観音様を土に埋めて守ったと伝えられている。観音像が黒いのはそのためだとのこと。観音像の姿形の良さについては井上靖や白州正子が名文で紹介しており、ネットなどで容易に検索できる。
ひなびた湖北の風景と美しい観音像、そして観音様を守ってきた村人たちの物語は、我々にとってなつかしいもの、大切にしなくてならないものを思い出させてくれる。
話は突然変わるが、湖北の30キロ余り北、日本海に面して原発群がある。そのなかでもとりわけ危険性が指摘される高速増殖炉「もんじゅ」は、命名にかかわった方が、文殊菩薩の名前を使用したことをひどく悔いていると聞いたことがある。
長い歴史には育まれた風土と核廃棄物の発生を伴うエネルギーの浪費とが調和することはあり得ない。手痛い教訓をあたられた年であった。