今から20年以上前から、大阪市内のマンションの2部屋を所有者から賃借して、障害者グループホームとして、知的障害のある方6名が、ご自分の住まいとして生活をしてきました。ところが、マンション管理組合は、今から5年前に突然、この部屋をグループホームとして使用することを禁止するとして、この方々をマンションから退去を求めるという総会での決議をしました。管理組合の言い分は、区分所有者の各居室を「住宅」以外に使わないよう定めたマンション管理規約に違反するというのです。障害のある方が住まいとしてずっと使ってきたものなのにです。
その背景には、ある高齢者用のグループホームが火災で全焼したことをきっかけに、グループホームが「特定防火対象物」に指定され、消防法上の防火点検設備等の整備が強化されたことがありました。ただ、これには強化の行き過ぎがあり、大阪市は障害者グループホームに過度な負担にならないように様々な軽減措置をしてきました。したがって、このマンションの管理組合には、経済的にも、物理的にも、大きな負担がかかっていたわけではありません。ですから、この管理組合の言い分は、消防法を名目にして、マンションからグループホームを追い出そうとするものであり、障害のある方々を差別するものではないかということが疑われました。障害者グループホームは、障害者が地域で暮らすための「住まい」として、1989年(平成元年)に制度化されて以降各地で発展してきました。このグループホームを運営していた社会福祉法人はこれを認めれば全国に影響も出ることから、全く納得できず、退去を拒みました。
すると、なんと、この管理組合は、大阪地裁にグループホームの使用禁止を求める裁判を起こしてきたのです。
このような無謀な訴訟は当然に棄却されるものと考えられていましたが、2022年1月、第1審の大阪地方裁判所の龍見裁判長は、障害者グループホームが障害のある方の「生活の本拠」になっていることは認めながら、消防法上の防火点検設備が将来負担増になる「可能性があるかもしれないこと」が「管理の範囲外」となるから、「住宅」ではない、として、管理組合側の訴えを認めてしまったのです。このような判断基準は、これまでマンションの区分所有法をめぐる裁判でどの裁判所も示したことのない、独自の見解でした。
この地裁判決は、全国で、同じように分譲マンションや公営共同住宅を使って障害者グループホームとして生活している全国の障害のある方やそれを支援する事業者にとっては、生活の基盤を揺るがす重大な事態として大きな衝撃と関心を呼びました。
直ちに控訴し、私を含めた控訴審の弁護団はこの不当判決を覆すべく、控訴審で全ての争点を洗い直すこととし、大阪高裁第4民事部の裁判官3名も精力的に検討を重ねてくれました。高裁での審理は2年にわたり、弁護団は、消防法上求められる点検設備等の具体的な負担は実は軽微なものにすぎないこと、それが今後も大きく変わらないことを、大阪市消防局や障害福祉課の協力を得て立証し、管理費の負担の面でも、書類提出や避難訓練などの物理的な負担の面でも、過重な負担にはならないことを明らかにし、管理組合側もこれを認めざるをえませんでした。
にも関わらず、長年住み続けた障害のある方々に消防法を理由に退居を求めることは、結局のところ、マンション住民の障害のある方々の生活への偏見や差別的な意識の反映であり、障害者差別にあたるとして管理組合の姿勢を糺しました。
大阪高裁阪本裁判長は、こうした審理経過を踏まえ、地裁判決の判断基準を否定する明確な法的見解を示した上で、双方に和解を勧告し、何度も協議を重ねた末、2024年7月1日、ついに、逆転勝訴判決をも超える画期的な和解の成立に至ったのです。
まず、この和解条項には、異例のことですが、前文として大阪高裁の所見が示されました。所見では、マンション管理規約の「住宅」に該当するかどうかは、「生活の本拠として使用」されているか否かによって判断すべきであり、『管理の範囲内』にあるかどうかを要件とする根拠はないとの見解を示して、大阪地裁判決が示した独自の基準を明確に否定し、この障害者グループホームは、管理規約に違反せず、「共同の利益に反する行為」にも該当するとはいえないとしました。
さらに所見は、当事者双方が障害の有無にかかわらず多様性を認め合いながら地域で共に生活することを目指す障害者基本法の基本理念を共有し、障害者グループホームが障害者の地域生活を支える「住宅」であることを確認しました。
この所見をマンション管理組合とグループホーム運営者が理解した上で、和解条項が作られました。まず、現在グループホームに入居している障害のある者が今後も引き続き安心して生活することを保障することを確約しました。それだけでなく、この和解を機会に、管理規約の改正と細則を新設して、今後、このマンションの居室を、新たに障害者グループホームとして使用する届出があった場合には、これを認める仕組みを整え、届出の手続と消防法上の対応への相互協力を定め、将来にわたり安定した建設的対話の環境を整備するという条項が盛り込まれました。
この和解は、判決であれば、地裁判決の判断基準を否定し、マンション管理組合の請求を棄却するということに留まるところを、和解の前文で高裁の所見を示した上で、地域において障害の有無にかかわらず共に暮らすために相互理解に努めることの重要性と建設的な対話を双方に確認し、今後とも、新たなグループホームの利用を含めて、マンションにおける障害者グループホームの将来にわたる存続を明確にしたものであり、極めて画期的なものになりました。
現在、全国でも、共同住宅から障害者グループホームが退去を求められる事例が見られている状況において、今後は、地域共生社会の理念のもと、管理組合と障害者グループホームが建設的対話を重ねることにより発展していくための大きな指針を示すものになりました。
※ 和解条項というものは、判決文とは異なり、公刊される裁判例集やホームページの裁判例のサイトに掲載されることがないものです。そこで、和解条項をここにアップしますので、ぜひご参照ください。