平日は8時・9時の帰宅。土日は書面書きの仕事を持って帰る。こんな毎日を送っているので、映画を観るのは数年ぶり。新聞紙上の映画案内で、労働組合を舞台にした人間愛をテーマにした映画だというので是非とも観ようと思っていた。
南フランスの海辺の町工場で主人公は労働組合の委員長をしてる。委員長は皆から信頼されていて、経営者のリストラに止むを得ないとの判断をして、公平な方法と信じてクジで解雇者20名程を選ぶ。自分をクジから除外しなかった主人公は自分もクジに当たる。主人公は老人介護の訪問ヘルパーの妻の仕事を支える家庭の主夫となる。孫を持ち、親思いの子供たちに囲まれて、解雇されたとはいえ、解雇手当の支給を受けて平穏な生活を送っている。そんなる日、家に強盗が 入る。なんと、その強盗は同じ職場で解雇された青年だった。その青年には小さい弟達がいる。母親に捨てられた子ども達は兄の労働が生活の糧だった。青年が 主人公から奪った金は、家賃滞納の支払いやその日の生活費に消えていた。それと知らず主人公は青年を刑事告訴し、青年の気持ちを全く知らなかった。それを知った時には起訴されていて、最早刑事告訴が取り消せない(日本の法律でも同じ)。主人公とその妻は、それぞれの思いで互いに内緒で小さい弟達の世話をし 始め、ある時それぞれの行為を知る。最後は主人公夫婦は青年が刑務所から帰るまで弟達を家庭に引き取ると言い出し、実践し始める。
私は顔に似合わず涙もろいので、小さい弟達の家に出かけて子供たちの世話をし始める主人公の妻の仕草と、これに応える子供たちの表情の場面では思わず泣 いてしまった。被害者なのにどうしてそんなことをするんだとの批判の声が回りから起こるのに、夫婦はその思いを語り、理解を求める。
青年の言葉には重みがあった。主人公は警察署で拘束されている青年と面会する(日本の警察では考えられない)。青年はクジによる労働組合による”指名” 解雇を非難する。「労働者の被害が少ない人間を選ぶべきだ。僕達(勤続年数の少ない)若者には解雇手当がない(あるいは少ない)。夫婦共働きも被害は少ない」と。
フランスは、民主主義と人権の国として一般に知られている。しかし、弱肉強食を是とする政治が横行し、先の大統領選はこれに対する批判勢力の存在を示した。こんな中で、この映画は生まれているようだ。日本でも、私たち60歳代の者が青年だった頃、労働組合運動と人間愛の映画が上映され、私たち若者は希望を持って奮い立ったものだ。
今、国民同士を争わせる「○○バッシング」という政治手法が橋下大阪市長らの手によって広められている。これが大金持ちや米軍のやりたい放題を野放しにする役割を果たしている。
しかし、この映画は国民同士、庶民同士もっと語り合って「このしんどさはどこから来るんだ」「本当の敵は誰だ」に到達しよう、庶民はみんな善意で分かり合えるよと呼びかけていると思う。
「キリマンジャロの雪」という題は主人公夫婦が結婚30年を祝ってもらった旅行チケットで、その旅先がアフリカのキリマンジャロだったからついている。この旅を主人公はキャンセルするのだ。どうしてだ。それは観てのお楽しみ。庶民の人間愛と良識に乾杯。
ことのはぐさ
2012.07.25 弁護士 渡辺和恵| キリマンジャロの雪(フランス映画)を観て