人は、自分がいずれ老いることを必ずしも十分に受け止めないまま、日々の暮らしを送っている。ただ、自分を看取ってくれると思っていた配偶者や弟妹、子どもが先に倒れたり、疎遠になることもあり、その場合に自分の老いを支える体制は確保できるだろうか。自分自身がきちんとSOSを出せるときにそのような状態になれば幸いだが、認知症が進みそれも難しくなった時点でそのような事が起きたらどうだろう。逆に、自分が配偶者を看取ると思っていたのに、自分の方が急に余命宣告を受けたり、急死するに到ったらどうだろう。
やはり、節目節目にこうした問題については、こうした問題を検討する機会を持っておかれる方が良いと思う。特に、大阪は独居高齢者、高齢者同士の世帯が全国平均と比べても突出して多い。
こうした老いを支える制度として成年後見制度というものがある。判断能力が低下している方向けに、その程度に応じた補助者を付けるもので、補助者は裁判所の監督の下に活動する。専門職や市民後見人といった第三者が補助者を担うことも多く、月々の費用は裁判所が決定するが、本人の資産が生活保護に準じた状況になると大阪市などの場合、市が成年後見人の報酬助成をしてくれる。
その他にも、任意後見契約というものがある。通常、判断能力が低下する前に契約を交わし、判断能力が実際に低下するまでの間は定期的な面談をしながら信頼関係を醸成していくことになるので、途中で何かあっても適宜相談する相手に困ることがない。本人の認知機能が低下し、任意後見人として活動することになった場合、後見監督人の監督の下で活動する。
最近、金融機関は、本人が予め指定していた人に月々一定額を交付する商品など「老いを支える」金融商品の開発・販売に余念が無い。ただ、人の老いの過程は長く、その時々で常にニーズが変化する。また、予め指定していた人が第三者の監督なしに、自分が亡くなるまで「善人」である保証もない。ビックリするような経費を負担させられる商品もある。
やはり、「老いを支える」という作業は、どこまでも人が見て、具体的に動き、支援するということが不可欠であると思う。大手金融機関のお勧めだからと慌てて契約するのではなく、どのような制度の組み合わせが可能か、弁護士に相談をしながら検討して貰いたいと切に願っている。
ことのはぐさ
2021.12.11 弁護士 峯田和子|成年後見等の勧め