ことのはぐさ

2018.04.10 弁護士 宮本亜紀|養育費の「相場」と当事者間の合意の関係とは?


 未成年の子どもがいる夫婦が離婚する時、養育費の取り決めは大きな問題になり、「相場はどのくらいですか」と聞かれることが多いです。

 養育費とは、子どもを監護・教育するために必要な費用です。一般的には,経済的・社会的に自立していない子が自立するまで要する費用で、衣食住に必要な経費・教育費・医療費などです。離婚して親権者でなくなっても離れて暮らしていても、親であることに変わりはなく、親として子の生活を保障し成長を支える当然の責任と言えるでしょう。

 養育費について決める時には、金額,支払時期,支払期間,支払方法などを口約束ではなく、書面に残しておく方が望ましいといえます。裁判所では、現在、養育費の金額に争いがある場合、双方の総所得から可処分所得を算出して、養育費の金額を導き出す簡易算定方式を採用しています。このため、養育費の「相場」を聞かれると、 通常、この簡易算定方式による金額をご説明することが多いです。

 しかし、養育費の支払は,長い年月続くものですから、その間に、子どもの病気で医療費が増えたり、離れて暮らす親が再婚して扶養家族が増えたり、事後的にいろんな事情が変化することもあります。その時は、いったん決めた養育費の増額・減額を求めることができる場合もあります。

 では、当事者が簡易算定方式による金額を超える額の養育費の支払いを合意していた場合、簡易算定方式の金額を超えていることを理由に減額を求めることはできるでしょうか。以下のケースをご紹介します。

 

 夫A・妻B夫婦は、離婚にあたって3人の子どもの親権者を妻Bとし、公正証書で子どもの養育費を1人当たり月額2万5000円(合計月額7万5000円)と決めました。この養育費の額は、裁判所の標準算定方式ですと月額計2万円ほどでしたので、夫Aにしてみれば月額5万5000円も高い養育費の合意をしたことになります。

 その後、元妻Bは再婚して、三人の子は養子縁組をしていませんでしたが、母の再婚相手Cと暮らすようになりました。元夫Aは、元妻Bの再婚や経済状況の変化などを理由に、養育費の減額を求める調停を申し立てましたが、話し合いがつかず、裁判所の審判を求めることになりました。しかし、家庭裁判所は、事情の変化はあっても、公正証書で合意された養育費は、いわゆる簡易算定方式の計算額(月額2万円)を5万5000円上回っているから、その合意の趣旨を反映するべきとして、元夫Aの減額請求を認めませんでした。高等裁判所では、その間に、元夫AもDと再婚して子どもが生まれたため、A・B間の子への支払いが多ければA・D間の子の生活費が低くなってしまうことも考慮され、結論として養育費は減額されました。しかし、最初の公正証書を作成した時に、簡易算定方式より高額の合意をしたことを尊重するべ きという発想は高等裁判所でも同じでした。

 

 裁判所が簡易算定方式を採用するまで、養育費の金額は当事者双方が自己の所得や必要とされる経費、税金、子どもに係る学費や給食費などを個々主張・立証していましたので、結論に至るまでに非常に時間が掛かりました。このために、必要とされるお金が子どもに支払われないということは妥当ではないとして、裁判所では現在の簡易算定方式を採用することにしたのです。しかし、簡易算定方式はあくまでも簡易・早期の解決を可能にするための道具に過ぎませんので、当事者間の合意で、これと異なる金額を決めることを排除するものではありません。

 特に所得の低い夫婦だと簡易算定方式による養育費の額は非常に低くなります。不足する分は、母子手当などの社会保障によって補おうというのが、裁判所の発想ですが、「こんな金額では子どもを育てられない」という声を良く聞きます。所得が低くても子どものための費用を親として頑張って沢山出そうという気持ちを否定する必要もないでしょう。今回の事例は、合意された養育費の額が簡易算定方式の額より高い事案でしたので、裁判所としても基準以上に養育費を支払おうという当事者間の合意に反して、あえて金額を下げる必要性を感じなかったという背景があるのかもしれません。

 逆に、当事者が簡易算定方式の額より低い合意をした場合、合意の拘束力を裁判所がどのように考えるかは非常に興味のあるところですね。今後の判断が待たれます。
(参考ケース:平成28年7月8日東京高等裁判所決定)


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