1 何が問題になったのか
キーワードを入力すれば、多数の検索結果(表題、URL及び内容の抜粋)が表示され、さらにクリックすれば、情報が掲載されたサイトに繋がり、情報を入手することができる。今や、インターネットの検索エンジンは情報流通の重要なツールである。
男性Xは、2011年11月、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪で逮捕され、その後罰金刑の処分を受けた。当時、逮捕の事実が報道され、その内容の全部又は一部がウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
その後、Xは平穏な生活を送っていたが、ネット利用者がXの住む県名とX名を入力して検索すると、逮捕の事実が記載された検索結果が表示される状態が継続した。
そこで、Xは、2015年、人格権(プライバシー等)の侵害であるとして、検索事業者に対し、検索結果の削除を求める仮処分申立をした。
さいたま地裁は削除を命じ、東京高裁は削除を認めず、今回、最高裁の判断が示された。
2 プライバシー権と表現の自由、知る権利との関係について最高裁はどう考えたか
最高裁の判断は、概ね次のとおりである。
(1)個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象になる。
(2)検索事業者の検索結果提供は、検索事業者自身による表現行為という側面を有している。
また、検索結果の提供は、現代社会において、インターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。
仮に、削除を余儀なくされれば、それは、表現行為の制約であり、上記役割に対する制約にもなる。
(3)ある者のプライバシーを含む記事等が掲載された検索結果を提供することが違法となるか否かは、
①当該事実の性質及び内容、
②検索結果が提供されることによって当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、
③その者の社会的地位や影響力、
④記事等の目的や意義、
⑤記事が掲載された時の社会的状況とその後の変化、
⑥記事等において当該事実を掲載する必要性など、
当該事実を公表されない法的利益と検索結果を提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきであり、公表されない利益が優越することが明らかな場合は、検索結果の削除を命じることができる。
3 この事例で最高裁はどう考えたか
今回の事例に関する判断は次のとおりである。
(1)児童買春の事実はプライバシーに属する事実ではあるが、児童買春は児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされているから、公共の利害に関する事項と言える。
(2)問題となった検索結果は、当事者の居住県及び氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、当該事実が伝達する範囲はある程度限られたものと言える。
(3)そうすると、当人が妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は犯罪を犯すことなく民間企業で稼動していることが窺われることを考慮しても、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとは言えないから、削除を認めることはできない。
4 これからの課題
プライバシー権、表現の自由及び知る権利は、それぞれが憲法で保障された重要な権利であるが、両者はしばしば対立する。
最高裁は、様々な事情を比較衡量してプライバシー権のほうが優越することが明らかな場合にのみ表現の自由を制約することができるとした。表現の自由及び知る権利に重点を置いた判断である。
その背景には、検索結果の削除を認めることは情報へのアクセスそのもの妨げるに等しいとの価値判断があったと推測され、一般論としては相当と思われる。
ただ、問題となるのは、個別、具体的な事案における判断である。
様々な事情を総合的に考慮するという立場は同じでありながら、さいたま地裁は削除を認め、東京高裁と最高裁は削除を認めなかった。
結局のところ、事案ごとの判断を積み重ね、判断の基準とその適用について社会的合意を形成していくしかないと思われるが、ネット利用者も入手した情報の利用には一定の節度が求められることになるであろう。